過去の刺鍼班と現在の刺鍼班5〜メソッドYに至るピースを埋める

  • 2015.04.03 Friday
  • 11:45

 ※本連載は筆者Hiro.Simizの個人的な思考実験です。各関係者の実際の思いとは異なる場合があります。

 メソッドF(福島弘道先生から関西支部に受け継がれた補法手技)とメソッドY(柳下登志夫先生が中心となり東京本部で深化した補法手技)の比較を行う前に、もう一つ述べておくべきことがあります。
 2008年度および2009年度の研究部(旧刺鍼班)では、催気して中脉の幅が大きくなることが良い脉の前提でした。つまり脉幅ドカン!が理想だったのです。しかし、2014年度の新刺鍼班では、催気不要論を前提の一つとするメソッドYの検証が中心課題です。本連載では、脉幅についてはある程度論じてきましたが、催気の要・不要という新・旧刺鍼班の間の絶望的に深い溝を埋めておかなければ先へ進めないと感じるわけです。そのためには、他のいくつかの論点もココで片づけておく必要があります。

 2008年度の研究結果では、ツボの中心部あたりの最も脉が変わる一点に鍼先が到達したとき、術者が高度に集中し、患者の気とも同調し、そして適切な催気を行った場合に初めて良い脉が出るというモデルを示しました。当然この場合、証・適応側・五行的選穴・姿勢なども適切であることが前提です。しかしこれは、良い脉を出す上で考えられる様々な要素に順位を付けず、また分散させることで良い脉が出なかった場合の言い訳を確保しているようにも見えます。
 2009年度の研究結果も催気をすることが前提ですが、押し手の拇指と示指で鍼を挟む時の左右圧が適切であるかどうかに注目したものです。しかし、前年度の結果を踏まえているため、高度に集中しながら催気することを前提とし、その上押し手の左右圧を様々に変化させながら出した脉の良否を定量化するという非常にアクロバティックなことをしました。そのため最後には、高度な集中と手技の正確さはなかなか同時に満たせるものではないが、そのバランスを取ることが良い脉を出す条件だという逃げを打つことになりました。
 この2年間の研究においては、ついに脉幅ドカン!を出す条件を絞り込むという目的は達成されませんでした。「脉幅ドカン!という価値がそもそも間違いなのではないか?」という疑問は当時まだ出ていなかったわけですが、設定した目的が達成されなかった事実は重要です。ドカン!は別にしても、良い脉を出す条件の絞り込みという目的が達成されなかった原因は、これまでの研究に何か重大な瑕疵があったからだと見るほかはないでしょう。
 それは、ひょっとすると、古典による裏付けの無い「催気」に拘った点ではないか?と考えることができるわけです。刺鍼中に術者が催気に執着していては、体幹・押し手・刺し手などを含む姿勢が崩れ、鍼先がポイントを外れ、集中も途切れ、左右圧も適切でなくなり、呼吸も乱れ、モデル患者の呼吸に目を配る余裕も失って気の同調もままならなくなり、その結果モデル患者の脉にも影響を与え、硬くなったり開いたりするはずです。

 2009年度の研究ではまた、術者が押し手で適切な左右圧をかけている時に気が補われるとしました。そして、押し手が左右圧をかける拇指と示指の力を、刺し手が弓弦の絶える如く抜鍼する力に転化させるのではないか?という仮説も出しました。このことが「左をして右に属せしむ」の秘密ではないか?というわけです。しかし、これには無理があります。押し手の拇指と示指が鍼を挟む力は鍼に対して直角にかかっており、つまり抜鍼力の働く方向とは90度ズレており、また左右圧をかける主体(押し手)と抜鍼力を働かせる主体(刺し手)も異なるからです。それでは「左右圧は補をもたらす」と言われるほど大事な押し手の左右圧は一体何のためにかけるのでしょうか?
 2014年度の新刺鍼班でメソッドYを検討する中で、「鍼は押している時に気が補われる」という柳下先生の見解が、そのメソッドをよく知る人からもたらされました。このことが正しければ、補法において気を補うためには、刺し手で鍼を少し押し気味・進め気味にしている必要があります。しかし、ちょうど目的の深さにある鍼先がそれ以上進んでしまっては本も子もありません。ですので、鍼を挟む押し手で左右圧をかける本当の意義は、鍼先が目的の深さより先に進まないようにするためではないかと考えられます。「左をして右に属せしむ」の秘密としては、気を補うために刺し手で鍼を押し気味にする状態を、押し手が主体的に維持・コントロールすることだと考えればしっくりきます。
 また、刺し手が鍼を押し気味にする力が鍼先方向にかかっていれば、これを180度逆転させて抜鍼力に転化させるのは容易であると思われます。つまり、弦絶の抜鍼がやりやすくなるわけです。

 メソッドYに至るピースが徐々に埋まってきたところではありますが、長くなりましたので今回はこの辺りで。(続く)    Hiro.Simiz

過去の刺鍼班と現在の刺鍼班4〜催気不要論の起源

  • 2015.04.01 Wednesday
  • 11:45

 ※本連載は筆者Hiro.Simizの個人的な思考実験です。各関係者の実際の思いとは異なる場合があります。

 前回定義したメソッドFとメソッドYについて詳しく述べる前に、催気不要論の起源についての推論を述べます。

 『難経』七十八難に次のような記述があります。「補瀉の法は必ずしも呼吸出内の鍼に非ざるなり」。これは、補瀉の要点は刺鍼時の呼吸や鍼の抜き差しの工夫だけではないということを書いています。補法は呼気時に鍼を入れて吸気時に鍼を抜くという記述や、ゆっくり入れて早く抜くのが補法で、早く入れてゆっくり抜くのが瀉法だとの記述が『素問』に見られます。
 七十八難には続けて「鍼を為すことを知る者は其の左を信(もち)う…」とありますが、これは補法は刺し手より押し手が大事ということを言っており、『霊枢』「九鍼十二原篇」に同様の記述が見られます。
 さらに「当に刺すの時にあたって、先ず左手を以て鍼する所の栄兪の處(穴所)を厭按して、弾いて之を努(はげ)まし、爪して之を下す、其の気の来ること動脉の状(さき)の如くにして鍼を順にして之を刺す。気を得て因って押して之を内(いる)る。是を補と謂う。」とあります。
 こちらは「九鍼十二原篇」にはありませんが、東洋はり医学会の教科書『わかりやすい経絡治療』では、刺入した鍼の鍼柄に対し、刺し手で「回し」「抜き」「押し」「留め」て気を候い、弾いたり、震顫をかけたりする場合もあると書かれています。

 つまり「催気」という刺鍼中に刺し手で行う操作の元ネタとなったものは、元々は刺鍼前に穴所に対して押し手で行う操作(前揉法)だった可能性があります。このような穴所に対する操作を鍼柄に対するものに流用した「気を候う」あるいは「気を得る」ための操作は、東洋はり医学会の先達による長年の臨床実践で再現性が得られたため教科書に載せられたものだと思われますが、古典による裏付けという点ではやや根拠が薄いと言えます。これは推測ですが、東京本部において催気が行われなくなってきた背景には、このような事情も影響しているかもしれません。

 それでは、ここからメソッドFとメソッドYの比較に入りますと言いたいところなのですが、区切りが良いのでこの辺りで。(続く)   Hiro.Simiz

過去の刺鍼班と現在の刺鍼班3〜メソッドFとメソッドY

  • 2015.03.29 Sunday
  • 07:45

※本連載は筆者Hiro.Simizの個人的な思考実験です。各関係者の実際の思いとは異なる場合があります。
 過去の研究部「刺鍼班」の事跡を振り返る作業の中で浮上してきたことは、東洋はり医学会関西支部の補法手技では催気することが前提であったこと、その目指すところのものはクリアな輪郭や適度な弾力とともに脉幅が出ることなどでした。しかし、ここでよく思い出さなくてはなりません。東洋はり医学会の経絡治療の大目的は「気の調整」であるということです。
 ドカン!と脉幅を出すことは血の流量を増やすことであり、本来の目的である気の調整とは少し違うのではないか?という疑念が湧いてくるわけです。さらに、もともと体質的に脉幅が狭く血気の流れ方も弱い虚体の人に、「コォォォォ――!」と強めの呼気を吐いて気を入れ、脉幅ドカン!をやってしまったら、逆に疲れてしまうのではないか?ドーゼを過ごしてしまうのではないか?という懸念も当然ながら出てきます。
 気の病の患者と血の病の患者、あるいは虚体患者と実体患者で手技を分ける必要があるとは昔から言われてきましたが、では具体的にどうすれば良いかはあまり語られてきませんでした。ゆえに、患者の体質や病態によって手技を使い分けるには、脉幅が細いながらも輪郭や適度な弾力などの良い脉状が持続し、治病力が保たれるような脉をつくれる手技の模索がまず必要となりました。そこで注目されたのが、このたび新刺鍼班で取り上げた、東京本部で行われていた柳下登志夫先生の手技だったわけです。

 さて、柳下先生の補法手技の考察に入る前に、従来の関西支部の手技がどのようなものだったかをもう少し掘り下げてみましょう。従来の補法手技では刺鍼が成功した後に脉幅が増すわけですから、これは気・血の流量を増やすものだと考えられます。そして、これは関西支部の先生方が東洋はり医学会創始者である福島弘道先生の教えを受け継いだものであるはずです。
 ところで、脉中の血を推動しているのは脉外の衛気(陽気の一部としての肺気)ですが、この衛気は気体のまま皮下を流れているのでしょうか?おそらく違うでしょう。津液という流通する水に溶け込んで流れているはずです。津液が少なくなると相対的に陽気が過剰となって熱が生じるでしょうし、逆に衛気が少なくなったり津液が増えたりすると冷えて流れも滞るでしょう。さらに津液が増えて流れの大部分が止まれば痛みが起こり、その下を流れる経脉中の血も滞り瘀血が発じるはずです。
 池田太喜男先生の治療哲学では、湿度が高く水量が豊富な日本列島においては水飲・痰飲など邪な湿が身体中に溜まりやすく、これが病の原因の多くを占めると考えるようです。だから、血の病の原因となる瘀血や血虚を解決するには、水を捌く、つまり滞った邪湿を流通する津液(脉外)や血(脉中)に戻すことが必要になると考えられたはずです。その方法論として池田先生は、水を捌く三焦経や胆経、小腸経、委陽穴以下の下腿三焦経の絡脉、督脉の脇の絡脉などを使って水を動かすことに腐心されたのでしょう。
 だから、池田太喜男先生と親交があり、その影響も受けたであろう福島弘道先生、および関西支部は気とともに水や血を動かして脉幅を増す思想と手技を重視してきたのではないかと推察されます。

 しかし、これは飽くまでも「血の変化」「血の病」の患者、あるいは実体患者に適しているものであり、そのため「気の変化」「気の病」の患者、そして虚体患者には、この手法の縮小版(あまり血に影響を与えない程度に加減した補法手技や、細めの毫鍼または鍉鍼を使うという用鍼の工夫)しか方法が無く、あとは陽経の扱いや補助療法・標治法の工夫で対処してきたのではないかと推察されます。
 これに対して、東京本部で柳下先生を中心として行われていた補法手技は、脉幅を大きくすることはなく、むしろ脉を細く保ったまま治療効果を上げ、さらにそれを持続させているもののようでした。おそらくこれは、福島弘道先生の傍らで東洋はりを支えておられた故・小里勝之先生が行われていた手技を柳下先生が受け継がれて深化させたものかもしれません。
 「柳下先生の患者は気の病ばかりなのだろう」という見方も一部ではありましたが、新刺鍼班では脉幅を出さなくても持続する脉というものに強く興味を引かれました。もしそれが本当に出来るなら「気の変化」「気の病」に対する有効な治療手段となり、患者の体質や病態に応じて手技を使い分けるという、経絡治療における一つの理想形に近づけるわけです。これが2014年度の新刺鍼班のテーマの淵源になったと考えています。

 ここからは従来の関西支部の補法手技を福島弘道先生の頭文字を冠してメソッドF、新しい東京本部式のメソッドを柳下登志夫先生の頭文字を冠してメソッドYとして進めていきます。しかし…。
 また長くなりましたのでこの辺りで…。(続く)     Hiro.Simiz

過去の刺鍼班と現在の刺鍼班2〜催気の目的は脉幅ドカン!?

  • 2015.03.27 Friday
  • 12:15

 ※本連載は筆者Hiro.Simizの個人的な思考実験です。各関係者の実際の思いとは異なる場合があります。 

 2014年度3月支部例会の刺鍼班の研究発表では、補法の刺鍼操作において催気は必要あるのか?と疑問を呈しました。しかし、これまでの関西支部では、催気はほぼ自明のことのように行われてきましたし、現在も行われています。もちろん研究部でもそれが前提であったため、いかに催気のための良い条件を整え、いかに上手く催気するかが問われてきたのです。

・2007年度の「目的深さの捉え方」(班長:浅井輝昭)では、ツボに刺入されていく鍼がそれ以上進まなくなる「抵抗」と催気を行う「目的の深さ」=「脉変ポイント」=「催気ポイント」は別の点ではないか?との仮説に基づき、術者がそれを体感で探る方法を検討しました。
・2008年度のテーマはズバリ「催気」(班長:中村常生)で、催気を行う際の最適な条件を検討し、特に催気中の呼吸回数を中心に研究しました。呼吸回数は結局慣れた方法が良く、術者の集中状態や患者との気の同調も大事としました。
・2009年度は「抜鍼・集中・左右圧」(班長:清水大雅)で、催気時の左右圧のかけ方を中心に検討しました。最適な左右圧をかけている時に補われている可能性を示し、また術者の集中と手技の正確さの平衡も大事としました。
※東洋はり医学会の補法手技の大原則は「左右圧は補をもたらす」です。
・2010年度は「催気時の呼吸」(班長:松山晋一)で、特に催気時の呼吸の強さなどについて研究しました。催気時(抜鍼前)の呼吸は少し大きくした方が脉の変化が大きいという結果が出ました。

 なぜこんなに催気や呼吸法ばかりに拘って研究していたかというと、それが当時の関西支部のトレンドだったからです。別に関西支部員が皆、呼吸矯正マスクをつけたり油の流れる柱を上ったりして「波紋法」の訓練をしていたわけではありません(参照:1月例会報告エントリーby米田氏)。「気の病証」(機能的疾患)ならいざ知らず「血の病証」(器質的疾患)を治すためには、鍼を目的の深さに留めた状態で強めの呼気を吐き出しつつ、術者が「気を入れてやるんだ」という心構えで臨まねば脉を変えられないし、その脉を持続させて病も治すこともできないと捉えていたわけです。
 術者の規則正しい呼吸が特殊な血液の流れを起こし、波紋エネルギーを生み出すと考えたわけではないのでご安心ください。我々はそんなにイタイ集団ではありません。確かに…波紋法みたいに壊死した足が瞬間的に治ったら、とっても楽なんですけどねぇ(笑)。

 当時から上の先生方は本当に素晴らしい脉をつくっておられました。その出来上がりの脉は輪郭がクリアに診えるし、適度な弾力もあるし、何と言っても脉幅が「ドカン!」と大きくなったのです。研究部もその「ドカン!」な脉を目標としていたため、抜鍼前に強く呼気を吐き、まるで術者が患者に気を入れるようなイメージを持ってやれば、あのような脉が出せるんじゃないか?と考え、それを目指す研究をしたわけです。そして、そのような幅と弾力のある脉が「持続する脉」であり、「治病力のある脉」だと考えたのには、おそらく次のような理由があるでしょう。

 四国の故・池田太喜男先生は、東洋はり医学会の創始者である故・福島弘道先生を評して「彼は水を動かせるから治療効果が持続する」と語ったそうです。つまり関西支部は、池田太喜男先生が評価し福島弘道先生が指導された大きく強い脉を出す補法をずーっと目標にしてきたわけです。
 また長くなりましたので、今回はこの辺りで…。(続く)  Hiro.Simiz

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