過去の刺鍼班と現在の刺鍼班〜進化する中野先生のメソッド1〜刺鍼指導中の文言の変化

  • 2016.02.06 Saturday
  • 14:00

 ※本連載は筆者Hiro.Simizの個人的な思考実験です。各関係者の実際の思いとは異なる場合があります。

 過去7回の連載を行った「過去の刺鍼班と現在の刺鍼班」ですが、もう少しだけ言っておくべきことを追加したいと思います。本連載では、福島弘道先生を起原とする脉を大きく動かす補法手技をメソッドF、柳下先生が改良を加えられた患者への負担を少なくして持続的な回復を図る補法手技をメソッドYとして進めてきました。東洋はり医学会関西支部および研究部で普通に行われてきたのはメソッドFでしたが、特に増加傾向にある気の病の患者や虚体患者への対応を再考した結果メソッドYもマスターする必要があると判断され、研究部刺鍼班でもその研究に着手しました。そして2014年度には一定の成果がまとめられ、現在も続行中というわけです。
 そんな中、柳下先生の補法手技(メソッドY)を研究部で重点的に指導していただいた中野支部長の補法手技には、現在若干の変化が見られるようです。これに対する私なりの考察を、本連載の拾遺として書き留めておきたいと思います。

 現在勉強会などで、
中野先生に刺鍼指導された時には次のような指示が飛ぶと思います。

1. 鍼先がツボを捉えたら、押し手の影響を限界まで少なくするために押し手をほんの少し引き上げる。

2.(鍼がスムーズに刺入されるように)押し手の左右圧を緩める・緩める・緩める…。

3. 鍼を進めて目的の深さに達したら、後は術者に任せ、術者のタイミングで抜鍼。

 「過去の刺鍼班、現在の刺鍼班6」で紹介したメソッドYとはかなり違うようです。
これをどう考えたら良いでしょうか。

 まず1.は下圧を無くすということでしょう。この時引き上げられた鍼を、運鍼によって元の位置へ戻さねばならず、またさらに目的の深さまで確実に鍼先を運ぶ必要があります。だから2.でスムーズな刺入・運鍼ができるようにするわけです(左右圧を緩めずに運鍼すると、そのまま下圧につながる)。そして、3.は文意のままです。


 ここでメソッドYの再確認です。以下は上記に関連するメソッドYの刺鍼操作の文言の半部分(鍼先が二次元的にツボを捉えてからの工程)です。

鍼を進めていき、それ以上進まなくなった所で運鍼を止め、その位置を抵抗(目的の深さ)とする。
鍼先が抵抗に当たると、衝突的にならないように左右圧をかけ、押し手に感じる鍼の存在感が無くならない程度の圧を保持する。
※鍼を押し続けている間に気が補われているという考え方があり、左右圧の役割は鍼が抵抗より先に進まないためだと思われる。
それから余り時間を置かず、弦絶のスピードで抜鍼する。
抜鍼時、鍼体が押し手の拇指と示指の間を通過すると同時に、押し手の形のまま穴所にポンと蓋をする。その後改めて拇指または示指で鍼口を保護するように蓋をする。

 中野先生の新メソッドの1.2.と3.の前半部分の工程は、メソッドYの困ら擦泙任良分を、犯しやすい過ちに注意喚起しながら、極めて解りやすく伝えるべく表されたものだと言えます。修亡悗靴討蓮中野先生は現在あまり重きを置いていないように感じられます。
 このような変化は、余剰をそぎ落としていった取捨選択の結果であり、基本はメソッドYと変わりないものだと感じられます。なお上記の内容は、診脉しながらの刺鍼指導の際に伝えられることであり、臨床で術者が一人で補法手技を行う場合には、これまで通りのメソッドYやメソッドFを、手順を確認しながら丁寧に遂行することに変わりはないと思われます。      Hiro.Simiz

 今年度の研究部刺鍼班は刺し手の研究を行っております。成果をまとめた発表は2015年3月27日の例会で、高等部以上の方に聞いて頂けます。どうぞ、ご期待ください。

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